毎日、神の太陽が昇り、草や花が育つ。雲が泳ぎ、そしていつの瞬間にも、どんな人間の渇きも癒すことができるように、水が音を立てて流れている。

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国全体であろうと、我われ個人であろうと、あらゆる格式ばった身振りや瞑想によって幸せになった者はいないのである。幸せになれないのは、まさにそういったものが我われを真実から、神から遠ざけてしまうからである。

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なぜ我われはいつも、あらゆる伝道者たちの口からさまざまな言葉で神について語られるのを聞かされているのか、なぜ神は自身の言葉で我われに話をしないのか、という質問にアナスタシアはこう答えている。
「言葉? いろんな意味のたくさんの言葉が地上の民族にはある。まったく異なる言語も、方言も。そしてみんなのためのひとつの言語がある。神の呼びかけであるひとつの言語。その言語は、木の葉がサラサラと立てる音、鳥たちの歌声や、波の音で織りあがっている。神の言葉は香りと色彩を持ち合わせている。神はこの言葉を用いて、一人ひとりの祈りに、祈りの答えを返している」

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アナスタシアの話の中の「神に、彼に何ができようか?地上で破壊のエネルギーがすべてを支配してしまうとき、神の名を自分の都合で論じながら、一部の人間が他の人間を従属させようとするとき」という質問に神は答えた。
「新しい一日とともに、私は太陽として昇り出る。地上のすべての創造物たちを、一人残らず太陽の光が抱擁し、私の娘や息子たちが理解する助けとなるだろう。一人ひとりが自分の魂で私の魂と語らうことができるのだ」と。