今朝、目覚めた時、浮かんだイメージは、そんなことでした。

アモト(宇宙の中心、魂の故郷)は、onenessであり、なんの問題も不安もなく、すべてを分かっていて、進歩や変化も起こらず、大安心な訳です。
ところが、そんな状況を、退屈と感じるモノたちもいて、彼ら(ぼくら)は、変化・変容を楽しむため、自ら歪みを作り出し、地球(クニタマ)という星を選び、ヒトとしてやってきたのです。

そうなると、どうなるか
そりゃあ、アンバランスで、足りないヒトたちばかりですから、静の状態を保つことはならず、常に動き、摩擦が生じ、痛みや争いが起こるのは、当たり前のことです。

さらに、地球劇場を楽しみ尽くすため、ご丁寧にも、ヒトはアモトの記憶も自ら消去するように設定してきたのです。
ところが、中にはその記憶を持ったままのヒトもいたりして、それを親や他のヒトに話聴かせたりして、そこでまた、さまざまな面白い展開を生み出す訳です。

これまで、有史以来、ヒトは、そんなドタバタを繰り返してきて、その時々に、政治や経済システムを変えたり、法律や組織を新たにしたり、科学や思索を深めたり、お金や宗教を考え出したり、最先端と思っている技術で新製品を作り続けてきました。
しかしながら、元が欠けているヒトたちですから、そこに気づかないと、いくら外側のことを変えても、いじくっても、また新たな問題を生むことになります。
元はと言えば、変化を楽しむために、自らこの星にやってきたのですから、それはそれで結構なことなのかもしれません。

ただ、時ここに至っては、地球劇場の舞台である自然環境を滅茶苦茶にしてしまって、肉体的な生存まで危うくなってしまいました。
これまで、自分と違う相手を批判し、攻撃し、より大きな歪みが生まれ、創っては壊すということを、散々繰り返してきたヒトの歴史ですが、今回も同じことをするのか、新たな展開を創り出すか。

どういう未来を築くかは、すべては、今ここの個々人の内なる気づきにかかっているのでしょうね。

と言う、面白いことが浮かんだ朝でした。
さて、スピリチュアルを語るだけでは、この現象・物質世界は変わりませんから、足元の現実と目の前のヒトたちと、今日もドタバタしながら向き合いましょうかね。。。